「Ｗｏｏｏｏｏｏ！！」
獣のように吼え猛る影が、その元凶。
そいつは村中を駆け回っていた。
「くそっ、こっちだ！」「なんとか止めろ！」
那岐村の住民たちが声を掛け合いながら、そいつを止めようと向かっていく。
だが、獣の速さで移動する影に罠など仕掛ける余裕も追い込む余裕もない。
村人たちは日ごろからの訓練によって常人以上の身体能力を持っていた。
しかし、それは彼らにとっては不幸なことだった。
なんとか追いかけることができてしまうため、被害は増える一方だった。
「くそっ、何があったんだ！」
「正気を失ってることは間違いないね」
「まったくだ」
追いかけている相手のことをよく知るものたちが意識を散らさないまま言葉をかわす。
彼らが追いかけているソレは、人間だった。
よく笑う少年だった。腰ほどまである長い髪のせいか、女子に遊ばれて女子供の服を着せられるようなかわいい顔つきの少年だった。
銀・狼貴。
だが、今の彼は、違う。
狂気のように赤く血走った目、苦しそうに吼える口に見えるのは牙だろうか。
振り回す腕は鋭い刃のようにたやすく人を傷つけ、白銀の輝きをもつ髪は血煙とあいまって狂的な美に映えている。
だが、幸いなことがひとつある。
「今のところ、重傷者は出てないみたいだね」
既に犠牲者は３０名を超えるが、いずれも出血はひどいものの、致命的な傷はない。
だが、軽くもない。女衆による手当てが遅ければ命にかかわるものだ。
「……きっと、銀が抑えてるんだな。頭のどっかで」
一人の言葉に、追跡者たちは互いに頷いた。
もはや村で戦力となるものは１０を下回る。
だから、残ったものたちでわずかながら作戦を立てた。
まず若く体力のある紅暮司郎、沈着冷静な銅蒼也、そして鉄心流の跡取りである鉄徹也が、「あいつ」を追跡する。
そして彼らを狙ってくることがあれば、回避に専念しつつ、森を抜け、路地までひっぱりだす。
そこに待ち受けるのは鉄心流宗家の慎二と、銀の父である好孝、そして腕に覚えのある師範代が２名。
ここで決着をつける。
問題は「あいつ」がのるかそるかだが……。
木々を駆け抜けながら背中を追う。
と、突然、白銀の輝きが増した。
「！」
ザシュと。
腕の閃きが刃の音をたてた。
追跡するこちらに対して、「そいつ」は、勢いをそのままに地面を逆方向に蹴って攻勢をしかけたなどと、誰が予想できるのか。
恐るべき柔軟性、恐るべき瞬発力。
犠牲になったのは、
「「蒼也！！」」
勢いのまま、木に叩きつけられた犠牲者の名前を２人が呼んだ。
「…なにしてるんですか…作戦、通りにいってくださいっ！」
木の葉の舞う中で、彼の胴衣が血に濡れていた。
「だがっ」
「でももだがもない！ 早く…いけぇっ！」
言葉をかわす中、銀の狼はなぜか止まっていた。
だが、いつまでも静止してる保証などない。
司郎は動く。最小限の動きで、かつ、最速で、作戦を実行するために。
そして、横の徹也は。
「ぐれにい、悪い。おとりは一人で頼む」
動かなかった。
何を言うんだと司郎の身がまだ見える位置でとまる。
「ァァァァ…」
狼が嘆くように吼える。全身を震わせる。
その後ろに、徹也は立つ。
「おい、狼貴」
ザッ……
姿勢は低く、踏み込みは深く、重心は腰に、構えが展（ひら）かれる。
五指は開き、感覚を研ぎ澄ませる。
「ケンカはあったが、まだしたことなかったな」
「ルォォォ…」
狼が、口を開く。それは相槌のように。
「やろうぜ、真剣勝負」
呼気とともに、うっすらと水煙が徹也を覆う。
鉄は炎によって鍛えられ、水によって清められる。内燃排水という鉄心流の教えを体言する水煙は、彼の本気の証だった。
「…ええい！好きにしろ！ でも、無事ですますなよな！」
「ああ。後の役目は頼むぜ」
狼貴の身体から了承するかのように、風が迸る。
常人ではその前に屈服するだろう王者の風は、そのまま銀の全身を包んでいく。
「了承、かね」
今の銀に言葉が通じるかはわからない。だが、少なくとも、対決の価値ありと見たのは間違いないだろう。
「鉄心流、鉄・徹也……」
言葉を区切る。
静から、動へ。思いを吐き出しながら、鉄は跳んだ！
「俺の心のリミッター解除だ！ なぁにさわがしてやがんだこんのバカがぁっ！！」
「Ｗｏｏｏｏｏｏ！！！！」
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